友人たちによる祖父の感動的な葬儀体験

離れて住んでいた私の祖父は、町内会長をしていたということで、かなり人付き合いが良かったそうです。私はほとんど会うこともなく、祖父の日常生活というのはあまり見ることもなかったのですが、いつも他人のために動き回っていた人だったそうです。そのため、家族はいつもそのしわ寄せをくらい、面倒ごとを背負い込まされてしまったこともあったそうです。また、人が良いためにお金のことで他人にだまされたりということも何度かありました。私は、そういう祖父を見て「いい人なんだろうけど、周りの家族は迷惑だろうなあ」と思っていました。自分が同居していなくて助かった、と思っていたことさえありました。祖父の娘である母も、私と同じ考えでしたが、「でも、人間は亡くなるときにしか本当の価値が分からないんだよ」とも言っていました。

いくら誰かに迷惑をかけようが、誠実に生きていればきっとどこかで誰かが救われているはずだから、それは家族が我慢すれば良いことだ、とも言っていました。そんな祖父も、90歳近くまで健康で生きましたが、ついに人生の旅の終わりを迎えました。そこで、私は感動的な葬儀体験をしました。小さな葬祭ホールでごく普通の葬儀を行ったのですが、参列者が途切れることがなかったのです。祖父が前に勤めていた会社の人たち、近所の人たち、そして町内会の人たちが、続々とやって来てくれました。そして、それ以外の方で、生前に祖父にお世話になったからと言って来て下さる方もたくさんいらっしゃいました。

中には、ご自分も足が悪く、歩行も困難なのに、介添えの人を連れて参列して下さったおばあさまもいました。話を聴くと、一度だけ祖父と交流があったというだけで、その思い出をいつまでも大事にしてお別れに来て下さったのです。特に、感動的な演出のお葬式だったわけではありません。故人の思い出の写真を飾ったり、音楽を流したりしたわけでもありません。けれど、たくさんの参列者が来て下さって、とても印象深い式にすることができました。生前、祖父のことを、いろいろと面倒ごとを家に持ってくる人だと思っていました。実際そうだったのですが、こうなってみると彼を見直さざるを得ませんでした。参列者の皆さんが口々に祖父のことを褒めてくれて、私たちは式の間ずっと笑い泣きをしていました。もちろんお葬式ですし、お別れの式ではあったのですが、私たちにとってはとても嬉しい日にもなったのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です